年賀状の制作 2024 [下] :調色作業 (2/2), 印刷〜完成
2024年賀状製作記事、シリーズの1回目(上)は企画の経緯、図案からデザイン完成まで、そして2回目(下)ではプロセスの設計とそこからの版下作成、シルク1〜2の調色と印刷についてお送りいたしました。
今回はその続き、インクジェットでの調色と印刷作業、それから以降のシルク3〜9までの調色と印刷、そしていよいよ完成まで、相変わらずムダな苦労話しと私情を交えて解説してまいります。
D. 調色について(2/2)
D2. インクジェットの色合わせ
パールまで印刷したワークにインクジェットプリンター(IJP)で印刷する。IJPのインクはUV硬化型であり、白以外は透明色で隠蔽性がない。その特徴を活かしてパール地の上に重ねて印刷することで、カラーフィルターのような役割で反射光に色付けをさせることを狙っている。IJPは元のイラストレーターのデータをそのまま印刷ということではあるのだが、やはりデータ処理の方法、プリンターヘッドの特性(個体差あり)から、モニタ上での見た目がそのまま出力されることはない。では色合わせはどのように行うかというと、イラストレーター側で調整していく[*1]。しかし、データ側を調整で変えていくので、現在調整中のモニタ上のイメージ、元々の画像のイメージ、そして出力結果と3つの画像を見比べながら調色していくので、慣れないと混乱する。またプリンター(RIPアプリ側?)には元データからプリント間の処理として、いくつかのプロファイル[*2]が組み込まれており、これが元データの色変化量に対して指数/対数、あるいは非線形的な変換が行われているようで、イラレ側の調整量と出力結果の変化量が比例的ではない。さらに一番の問題が、UVインクの硬化進行度合いによって色が変化することである。UV硬化型のIJPなので、ヘッドの横にインクを硬化させるためのUVランプがついており、いわばインクがヘッドから吐出した直後に硬化させるのだが、UVインク系一般に言えることだが光硬化反応が硬化ランプで一気に完全終了することはなく、触指で問題ない程度に固まった後、更に経時により少しづつ硬化反応が進んでいく。詳しいメカニズムは知見がないが、この過程で色が僅かに変化していくようだ[*3]。例えば彩度の高いターコイズブルーの色調整を行う時、印刷直後の結果がやや黄味が強いと感じてさらにシアンを足すとする。その結果これでバランスが取れたとその時は思っていたら、翌朝見てみると青が強過ぎた、ということがある。加熱処理などで硬化反応をある程度促進することはできるようだが、厳密な最終色を求める場合は(朝日がよく当たる窓にこの出力ピースを立て掛けておいて)硬化反応が進んだ翌朝に確認ということをよく行う。今回はそこまで厳密ではないので、現象を見越してそのまま当日に印刷することにする(日程が押している)。
前置きが長くなったが、今回の色合わせの模様としては、初回の出力ではまず現在のヘッドのキャラクター通りマゼンタの出力が高く出た。合わせてプロファイルの特性でコントラストが強く出ていて、特に中間〜ハイライト側の色が飛びすぎている。別なプロファイルでは割りかしフラットに出力するタイプもあるのだが彩度が出しづらく、反面このプロファイルは彩度の高い色が出しやすいため使い続けているいるが結構ハイコントラストな傾向がある。ともかくデータ側でマゼンタを絞り、中間からハイライトの色域を中心に個々のセルの色調がイメージ通り出るように調整していくが、色数が多いのでバランス取りが面倒。その昔、写真系の画像ソフト(PhotoshopとかGIMPとか)にあるようなレベルやトーンカーブでの調整ができるイラストレーターのプラグインがあって、これがあると便利なのだが、頻繁に更新し続けるイラレのバージョンのどこかで廃盤になり、元々業務上の需要があまりないこともあり、現在は使っていないので(似たようなものはどこかにあるのかもしれないが...)、カラーバランス調整や個々のオブジェクト毎にチクチクとCMYKのパーセントで調整していく。
このインクジェットの工程は後のシルクの工程の言わば下地となる層で、それはデータ上でもある程度の品質でシミュレートできており、大丈夫なはずなのだが、全体的に暗い色調に出力されたものを目の前にすると本当に後の工程で狙ったイメージになっていくのか、全く自信がない。プリント結果とモニタを交互見つめて、違和感のままにデータ調整を重ねていくが、出来上がりの決め手が掴めず終了地点が見出せない。よって何かあっても後の工程で辻褄を合わせることにして、この場は踏ん切りを付けることにした。
D3. インクジェットの位置合わせ
先般のシルク2工程の位置合わせもすんなりとは行かなかったが、シルクとIJPとの位置合わせも——仕組みが異なるので当然と言えば当然なのだが——シルクとIJPがピッタリそのまま合うことはない。ただしIJPの方はデータ上/RIPアプリケーション上での微調整が叶うので、版を起こしてしまったシルクのような不可逆的な事態にはならない。とはいえ、縦横の位置と縮尺率、傾きを数値で入力して、実際にプリントしながら確認していくので、なかなかに時間がかかって面倒ではある。
結局この日は午後1時ごろから調整作業を進めて、ハガキ3面つきのワークで230枚を終えるのに、日を跨いだ午前1時近くまでかかった。プリントの間は過日申し込んでいたe-ラーニングを視聴して、その進捗が大いに進んだことは大変良かったが、狙っていたパールのカラーフィルター効果に関しては、微妙な結果となった[*4]。
*1:弊社の場合として読んでいただきたい。プリンターの元データと出力結果を整えるキャリブレーションの機能は用意されているようだが、1. 手順が面倒(マニュアル読んだだけですが)2. 完全なものができなさそう、3. 色域が狭まりそう(オーバー部分を引っ込めてバランスを取る調整であれば)、なので弊社では使ったことがない(メーカーのメンテナンス作業後もこの点について問われたこともない)。またもちろん調整機能はプリンターソフトエア(RIPアプリケーション)上でも行うことができる。画像全体の色調を整えるだとか、数色を調整する等であればこちらで行った方が早い場合もあるが、大概の場合はイラレで調整する。実は昔の機種、RIPバージョンではRIPアプリ側でやっていた。これは設定によってインクの量を過剰に出すことができたため、彩度の高い色など色域の幅が反則的に広げられるという自由度があったのだが、機種/バージョンが更新されたらこの設定ができなくなっており(インクの出し過ぎで何か重要な不具合が頻発したのだろうか?)、RIP側で色調整を行う利便性がなくなってしまった。しかしどこでどのような調整を行うかはどのようなタイプのグラフィックを出力するかにも変わると思われるので、あるいは業界ごとに機能ニーズが異なるものと推測する。
*2:印刷するメディアに合わせたプロファイルとICCプロファイル。ICCの方は入力されたデータを「鮮やかに」「コントラスト押さえ気味に」など出力特性を決定づける。メディアの方は、メディア(印刷物となる材料)の物理特性に対して調整されたプロファイル。
参考:ICCプロファイル
*3:どちらかと言えば青(シアン)などの寒色の方が変化が大きいことから、残留するモノマーがやや黄色味を帯びており、これが連鎖的に反応が進むにつれて無色なものになっていくのでは、と勝手な推測をしている。
*4:お手元に年賀状が届いている諸氏は、スポットライトなど強めの光を当てて確認されたし。多分この記事を読むまで、パールが使われていたことなど気づいていなかったものと拝察する。
D4. シルク3以降の調色作業
元々自分で調色するつもりで、ただぼんやりとした配合のイメージしか考えていなかったところに、弊社の工場長のH輪から「T中の手が余って来たから手伝わせましょうか」と進言いただく。その時の私は、年末に近づき通常業務が立て込んできたところに新規案件なども重なり、加えて年賀状の製作も並行進行する中で、自分としては気丈に振るまっていたつもりだったが、目の周りには隠せない影があらわれていたようだ。渡りに船とお願いすることにして、急遽調色指示用の資料作りに取り掛かる。
資料といっても、通常業務ではDICやPANTONE、日塗工などからの色指定がほとんどで、これらはフィジカルな印刷物としての見本帳、カラーチップやサンプルであり、それに対して色を合わせていく[*1]のだが、今回はデータだけがあって、物理サイドには何もないのでどうしたものかと思案する。差し当たり色見本帳から近しい色を見つけて、それに対して自分の頭の中の配合イメージの注釈を加えて調色指示資料を作ることにした。それにしても、なぜか大概において、自分のイメージする色というものは何百色も掲載されている色見本帳の中にはないのが常であるようだ。結局イメージの色を囲む感じで近しい色をいくつかピックアップして、「これとこれの間で、6:4で少しこっち寄りで」とかいい加減なマンセル値とかで伝える。別な方式では、インクにはメーカーから基本色という調色の基本になるインクのラインナップが用意されている[*2]のだが、これらを使用した想像上の配合比のを記した資料をこさえた。これでなんとか方向性だけは伝わるだろうか。
調色作業を担ってくれるT中には、この指示書と共に完成図も渡して、それぞれの色の使われる部分も説明して色のイメージ、方向性も伝えたものの、やはり出来上がってきた色は自分のイメージと違う。そもそもiPadのモニタを見て調色するので、当人の主観的な勘で判断するしか無いのだが、調色結果を見せられるたびに自分もつ色のイメージも揺らいでいるような気がする。何度となくダメ出しと再説明を言い聞かせた結果、なんとなくは近い印象が出てきたので、「まあ大体よし。あとは印刷するときに微調整しながらやるから。どうもありがとう」と作業を切り上げさせたら、何か誤解をしたらしく「なんか妥協させてしまって、すみません」と申し訳なさそうに言って来た。無論 T中は全然悪くない。
(気の毒なT中の横で)私も一緒に分担して別な色を調色していたが、結局本番の印刷時にそのまま使用できたインクは一つもなかった。メッシュ数も本番の版と揃えて、同じ紙の上に印刷して作業していたのだが、調色用の版で個別に長方形の色面で確認してみたものと、実際のパターンで前の工程を重ねて顕れる色では随分印象が異なる。このことは工業製品の印刷ではあまり味わえない妙味であろう。
*1:フィジカルなもの同士であれば色が合わせやすいか?というと(もちろんデータと合わせるよりはマシだが)、DICやPANTONEはコート紙にオフセット印刷された色であり、シルクスクリーンのコッテリした塗膜の質感との違い、あるいは工業製品の場合には印刷対象(印刷する部品や材料)の質感等で随分と視覚的印象が異なるため、調色の難易程度は一様ではない。
*2:チューブの絵の具の12色セットあるいは24色セットなどに用意されているイメージ
E. 印刷〜完成
E1. 印刷(試し刷り)しながらインクの再調整
それにしてもここまで調色と印刷の記述が混濁していて、技術紹介という場に出す内容に益々ふさわしくないように感じられるが、事実として色を調整しながら印刷したので、これらは別々に区別して言及できるものではない。モニタに見えているものでもあるが、イメージは自分の頭の中にあるようで、目の前にフィジカルな実像がが出てくると、またそこから頭のイメージに少なからず影響を与える。一つの段階のイメージは、実像を前にしたときに、また一歩先進むのである。だから、色を調整しながらの印刷作業は当然の帰結と言える[*1]。
などと賢そうなことは言っても、つまりはなかなか決められないということであって、作業がどんどんと長引いていく。良い加減で見切りをつけて歩を進める。
さて、工程が長いので概要的な記述に止めるが、以降の工程について、あらかじめ調色したインクに対して印刷しながら調整したことなどを中心に書き述べることとする。(しかし段々、誰がこれを読むんだろうという気がしてきた...)
【シルク3】黒:目、斑点 [T420]
インクジェットの地色ができた後の最初のシルクの工程は目と斑点である。版下に分離している作業の時、目も斑点も、位置合わせが非常にシビアで、版ズレしてしまうとその時点でアウトになってしまう。正直この工程まではインクジェットにしようかと迷っていたが、目は何であっても生命(イノチ)が宿る大切なところであって機械任せとあっては(通常業務ではあまり気にしないが)職人としての矜持に悖るという気がしてシルクにした。斑点もセルに対して中央に位置するように配されているため、こちらも合わせがキツく、そしてこれは自分としても、こんなところは誰も気づかないだろうと予測はするものの、斑点のエッジをぼかすため、点描にしてある。インクの調色はややグリーンを入れて、100%ブラックでは際立ちすぎてしまうため、メジュームで薄めた。瞳の反射は抜きになっていて、小さいので潰れやしないかと心配したが、どうにか残ってくれて、ちょっと横長の羊の瞳のようなアンニュイな雰囲気を醸している。斑点は狙った滲むようなぼかしの効果は残念ながら出せていないが、形状に奇妙なランダムさが生じていてそこは点描にした甲斐はそこそこあったようだ。
【シルク4】オレンジ〜グリーンのグラデーション:網目の線描 [T330]
シルクでのグラデーションの印刷は網点などを使うのが一般的だが、インクジェット、あるいはオフセットやグラビアなどと違い、少し目を凝らせば点の構造が見えてしまうサイズの線数である。ともう一つ別なシルクならではの技法として、版上で複数の色(インク)をリアルにグラデーションさせて印刷する手法がある。グラデーションの色変化の幅を均一に保ちながら何枚もの印刷を続けるのは、多分不可能な技法だと思うが、それもあってか大量に生産される工業製品への印刷に使われた実例は無いのではないかと思う。美術・デザイン系の印刷、あるいは数量限定のアパレル品などでは使われる機会はあると思うが、現在ではインクジェットの品質も上がり、実際には殆ど使われてはいないだろう。そんなレアな技法であって、自分としては憧れる技法なので、ぜひマスターしたい。実は一昨年の年賀状から試し始めていて、3年目の今年(刷るのは年1だが)、少し上手になった気がする。いや上手にはなっていないのだが、コツというかインクの流動を抑えれば長く印刷できるという点は掴めた気がする。
インクは事前に3色調色し用意していたが、いざ印刷を始めてみると中間の色が暗く、印刷しながら明るく調整したインクを追加的に投入していった。スキージーの移動方向に対する傾き加減で、混ざり具合、つまりグラデーションの階調変化幅が変わってしまう。スキージングの軌跡の脇に溢れたインクをまた軌跡の範囲に戻すのも、あまり量を戻すと色が崩れて、印刷の時も、インクを返す時もスキージーのハンドリングを正しく慎重に行う。こういった日常の業務とは異なる神妙さの加減はなぜか心地よい。ある程度印刷していると安定してくるのだが、そのまま続けていると当然3色が全体に混ざって、徐々に全体に濁った色になる。この色変化の限界に気づくのが難しい。印刷中も少しづつグラデーションの原色を足しつつ色を維持していくが、彩度を上げすぎても浮いてしまうので投入量とそれを印刷の流れに混ぜ込む量にも気を配る。そうこうしていても今の自分の技量では50枚程度で回復できない状態になり、版の上のインクを一旦全て取り除いて、もう一度最初の状態から始めることになる。当然濁ったインクは捨てることになるので、全くもってサスティナビリティには程遠く、反社会的な技法である。何とか擦り終えたが、残念なのは、版下製作の際に調整した線幅は、やっぱり少し太すぎた。なんだか絵に締まりがなくなってしまった。
【シルク5】透過ホワイト(薄い):陰影濃淡/プランクトン [T330]
事前の調色では、設定濃度としてはだいぶ薄めたつもりで、故に紙の薄い飴色の色味が透けて、白顔料(チタニウムホワイト)の青味が抑えられる想定だったが、実際のパターンで印刷してみると、明るすぎて青味も強すぎた。想像以上に白顔料の反射性が強く、PC上のシミュレーションのようにはいかなかったようだ。メジュームは事前調色の量の倍以上、黄色も随分追加した。メジュームの分量はインクの容器に納まらず半分インクを捨てることになった。データからの判断としては、透過の具合は先のグラデーションの工程の中間の色を殺さない程度が落とし所であったが、グラデーションの方の明暗が印刷の仕方で幅が出てしまっているので、またしても大凡の感覚を持ち出す羽目になったが、それはそれで、インクジェットの後に不安に感じた暗い画面から、次第に元々のイメージに近づきつつあることが伝わってきて、幾分気分が高揚する。
【シルク6】透過ホワイト(濃い):ハイライト [T330]
前の工程の白と同じように、思っていた以上に青味が立ちすぎ、黄色を足すことになった。インク自体の色味は完全にベージュになったが、この紙の上にインクを載せると白で印刷したように見える。
【シルク7】オーカー〜グリーンのグラデーション:海藻/メッセージ [T330]
白と同じように紙の色との混ざりによって目標とする色になる事を期待していたが、濃度と彩度が高すぎて、全く期待のようにはならなかった。しかし元のイメージの方も少し色を濁らせすぎてしまっているのではないかという心許なさがあって、印刷を進めながら、ちまちまとメジュームを足して色を薄めて紙と馴染む様子を観察していたが、結局なかなかしっくりこないので、花を印刷したときに作ったアンバーを黄色に混ぜて印刷した。PC上で設定する透過率は、インクに対するメジューム比の参考にはならないことがよくわかった[*2]。
海藻のグラデーションさせるパターンの幅が狭く、すぐに混ざってしまって、何度も仕切り直しを行った。メッセージの”Is just a word?”もグラデーションの端の色として一緒に印刷する予定であったが、文字の色が安定しないのは少なからず引っかかるものがあって、別に印刷することにした。海藻のテカリの部分を前の工程で印刷しておいたが、位置合わせもなかなかにシビアなものだったが、紙の扱いにも多少は慣れたこともあり[*3]、この点では問題なく印刷ができた。
ここまでの印刷工程の作業記録として、1枚の用紙に工程順に刷り分けたものを作っていたので、下に載せておこう。思いついたのがシルク3工程目からだったので、残念ながらIJP(インクジェット)の前の工程のものは無い。
【シルク8】赤:2024/Peace [T200]
タツの反射性と対照的に、視点による見え方が一定にする意図があって、この赤は艶消し調にした。インクを艶消しにするには簡単に言えばインクに艶消し剤[*4]を混ぜるのであるが、艶消し剤の配合量と仕上がりの艶度の関係は、通常業務で使う金属や樹脂系の材料に印刷したときと、紙に印刷した時とでは異なるようである。艶消し剤は印刷された後、インクの溶剤成分が乾燥により揮発しインク体積が減少することによって、艶消し剤の粒が印刷表面近くに浮き出て微細な凹凸面を作る。ここに環境光が乱反射することによって艶消しに見えるので、艶消し剤の量と粒のサイズが艶消し度合いに影響する。従って机上的推論では、紙は多少インクを吸収するので、そのため艶消し剤の浮き出る率が高まり、樹脂や金属などに印刷した場合などと比べ少量の艶消し剤の配合でも、艶消し効果が高くなるはずと踏んでいたが、実際には反対の効果が見られた[*5]。結果に従って、望む艶消しになるまで徐々に艶消し剤を増やしていく。粉の成分が増えていくとインクが増粘するので溶剤を足ことも繰り返すことになって、するとインクの顔料および樹脂成分が相対的に低下するので、インクの性能低下が著しく、業務で使う場合は心配[*6]で使い物にならないが、年賀状の紙に印刷する場合は密着の点では心配がない。意外と色の方にも影響が出なかった。
ここまでで印刷は完了した。元のイメージに対しては、幾分違いがあるものの、それほど遠からず出来上がったと思う。こういったやり方で作ったものなので、1枚として同じには仕上がってはおらず、もちろんあまりに酷いものは取り除くが、良しとした物にも出来不出来が正直言えばあるのだが、そこは元のイメージを知っている自分がそう思っているだけで、また今更どうにもならないことなので、あとはこのハガキを受け取った諸氏同士が互いに比較しないことを祈るだけである(そんなことはしないと思うが)。
*1:よって結果「イメージ通りのものができた」ということにはならない。きっと頭の中のイメージ(虚像)は外観にのみ立脚するものではなく、そのため外部からの刺激によって柔軟に変化、成長したとしてもその在り方において矛盾は生じないのではないだろうか。
*2:もちろんPCのシミュレーションとは違いが出るだろう程度には思っていた。あるいは計算が間違っていたのかも知れない。しかしデータ上ではC=100%から0%までの段階はリニアに変化するが、理屈の上ではインクの重量比で「シアン[100]:メジューム[0]」から「シアン[0]:メジューム[100]」までの段階も同じように比例する量として知覚するはずなのだが、本当にそうだろうか?例えば調色で体験する、色によって「染まり具合」が異なることなどは関係しないのだろうか?ちなみにPC上で透明の描画モードは ”乗算” を設定することが多い。
*3:単純に乾燥時に熱を掛けすぎないことと、ドライラックに載せたままにしておく(取って重ねて置かない)ということがコツであることがわかった。
*4:粉状の添加剤。業界的な総称としては「加飾フィラー」あるいは「加飾ビーズ」などと呼ぶ(?)一般的な組成は、ウレタン、ガラス、シリカ等が多く、アクリル、スチレンなどのものもある。シルク印刷のインクはインクに混ざってメッシュを通れば割となんでもフィラーとして使えたりするので、この点で印刷の応用範囲が広いと思われる。どうでも良い話なのだが、昔ピスタチオの殻を砕いてインクに混ぜて印刷したことがあった。なぜに、何のためにこれをしたのか思い出せないが、そんな記憶がある。
*5:艶が出るということではないが、効果が弱まるようだ。なぜかは検証が取れておらず、またしても憶測だが、多少フィラーが紙に吸われるのではないか?しかし、最初に用いたフィラーの平均粒径は6µmあり、これが紙の繊維内に吸収されるとは自分の感覚的にイメージしずらい。
*6:フィラーをあまり入れすぎるとインクの堅牢性や密着性が低下する。
E2. 仕上がり(抜き工程)
さて、目出たく刷り上がった年賀状であるが、ここで終わりではなくて、印刷した紙はハガキ3面分を1枚の紙に並べているので、ここから1枚のハガキとして切り出さないといけない。弊社ではビク型という厚いベニア板に安全カミソリの刃のようなものを切り出す形に埋め込んだ型で、切り出す加工を行うが、この型を印刷の位置合わせが間違っていると大変なことになる。
抜型と印刷との位置合わせは、印刷の方に基準となるガイドマークを印刷しておいて、印刷後にこのマークの中心を狙って穴を開けておく。型の方にはこのガイドマークと抜くハガキの形の位置が印刷位置に合致するようにガイドピンが仕込まれている。このピンに印刷物のガイド穴を差し込み位置が合う仕組みである。
ここで初めて言うが、これまでタツがどうしたなどと説明してきた印刷面の裏面には、ハガキとして機能させるための郵便番号や弊社の名前と住所、年賀状の挨拶文などをあらかじめ印刷してある。このハガキとして表になる面は全てインクジェットで9面一度に印刷を行い、その印刷に合わせて3面のワークに切り出すと言う作業を、かれこれの前に行なっていた訳である。つまり表面と裏面は(当たり前だけど)別々に印刷されていて、ガイドマークはタツの居る裏の面に印刷されて居るので表の印刷と裏の印刷がズレていたら非常に困ったことになる。一応、物差しで測って間違っていないことは確認しているものの、紙の表と裏なので、本当に大丈夫なのかは抜いてみるまで確信が持てない。万が一の事でも発生すれば、きっと立ち直れないだろう。それに無事に抜けたとしても、そのあとに宛名を正しく書く(手書き!)という難所も続き、果たして印刷した枚数は足りるのかどうか、足りなくなったらどうするのかと、印刷を終えても心配事は絶えない。
全ての作業を終えて
年賀状は、抜き工程での重大事故も生じず、宛名も弊社経理担当の花Gの正確なハンドライティングによって枚数が不足することにもなならず、切手も足りて、無事に弊社の年頭のご挨拶として関係各位に郵送された。受け取った方々からは大変ご好評いただいた、と言いたいところだが数人の方を除いてほとんど反響はない(むしろ2023年の時の方がもう少しだけ反響があった。まあしかし似たり寄ったりではある)。もちろん冒頭に述べたように、年賀状の絵に工業製品に用いる技術と業務では使うことがない技術で印刷するとどのようなものができるか、と言う職務上の探究心が動機であるので、人の観心を買うために行ったことではない(がもちろんこれは建前であり、取引先の方々は年賀状なんかろくに見てもいないのではないか?と随分と気を揉んだ)。
冷静に考えてみれば、製版や抜型、インクや紙代、もちろん切手代などの実費もさることながら、自分や巻き込まれた社員の時間的なコストを思うと、ハガキ1枚一体いくらになるのか見積もってみたい誘惑にも駆られるが、おっかなくてできない。収支の面ではあまりに浪費が過ぎると言えることは明らかである。図案を考えるのも非常に時間がかかるし、人に見せる前提なのでプレッシャーもある。ここ数年は、6月を過ぎると翌年の干支の動物が心の片隅に居つくようになり、10月を過ぎると日々焦燥感を感じるほどである。
「仕事にも多少の無駄や遊びも必要である」と、どこで聞いたかのも忘れてしまったような箴言を借りることもできるが、これは一番近い動機ではない。無駄なら日々の業務でちょくちょく作り出していてその度に反省しきりであるし、その無駄を言っている訳ではないことも知っているつもりだ。なんかこうどう言えば...そう、一言で言えば「意地」である。いや違う。意地ではなく、意地のような何か。意地になっていますが何か?ナニが?ともかく年賀状の行末も危ぶまれる中、どこまで続けられるかはわからないが、続けられるかぎり毎年このようなことを続けるつもりである。
(了)